行きて帰りし物語とは
ファンタジー映画の種類の一つに、というよりはストーリータイプの一つにですね、「行きて帰りし物語」というのがあります。
トールキンの「ホビットの冒険」のサブタイトルでもありますが、ここで話したいのはストーリータイプの方。
簡単に言えばこの物語は「日常の世界から別の世界へ行ってそして元の世界へ帰ってくる物語」です。例を挙げますとジブリだと「千と千尋の神隠し」、超有名どころで言いますとC・S・ルイスの「ナルニア国物語」の「ライオンと魔女」「カスピアン王子の角笛」「朝びらき丸 東の海へ」「銀のいす」「魔術師のおい」、エンデの「はてしない物語」、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」もそうです。ボームの「オズの魔法使い」もそうですね。日本の小説ですと「ブレイブ・ストーリー」「二分間の冒険」「扉のむこうの物語」。ドラえもんの劇場版は大体全部行って帰ってきています。ハリウッド映画で有名なのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」ですね。過去に行って、そして帰ってくる。
この物語の構成は大体以下のようになっています。
①日常世界
②異世界への越境
③仲間・敵対者・小さな試練との遭遇
④危険な場所への接近
⑤最大の試練を乗り越える
⑥報酬を得る
⑦日常への帰還
ナルニアのライオンと魔女で考えるとわかりやすいですね。映画版にしてみましょう。
①日常世界
大戦中のイギリスです。ペベンシー4兄弟は疎開をすることになる。兄弟仲はいいけれど全てがうまく行っているわけではありません。エドマンドは偉そうにするピーターに腹を立てて反発しているし。そして疎開先のおうちは普段子供がいないので子供たちは窮屈な毎日を送っています。
②異世界への越境
有名な衣装箪笥ですね。
③仲間・敵対者・小さな試練との遭遇
仲間(フォーンのタムナスさん、ビーバー夫婦)、敵対者(白い魔女)、小さな試練(秘密警察の追跡、エドマンドの裏切り)などですね。
④危険な場所への接近
これは追跡されているパターンなのでちょっと亜種ですけど。白い魔女とその手下たち、軍勢たちが追い詰めてきます。
⑤最大の試練を乗り越える
⑥報酬を得る
ナルニアに春を、4兄弟は王位を得ました。元の世界に持って帰れたものとしては目に見えた報酬ではありませんが、この場合は成長ですね。4兄弟は仲良くなり、そしてナルニアに行く前より何段階も上の深さのある人間になりました。そして心にナルニアという思い出、いつかまた行ける場所を手に入れました。そこで過ごした年月の記憶と経験も、です。
⑦日常への帰還
ナルニアの王と女王になって何年も経ったのち、また街灯のところから箪笥を通り抜けて元の世界へ戻ってきます。
千と千尋ですと以下の通り。
①日常世界
引っ越しして友達と離れ学校も転校しなければならない状況にある千尋。むくれています。
②異世界への越境
遊園地の跡地のようなところにあるトンネルです。
③仲間・敵対者・小さな試練との遭遇
仲間(ハクはじめ湯屋の仲間)、敵対者(ってほど単純でもないですが、一応カオナシ)、小さな試練(湯屋での仕事)などですね。
④危険な場所への接近
これもちょっと亜種かな。カオナシが湯屋へやってきます。また銭婆が魔法でハクを追跡してきますね。別の見方をすればその後の銭婆の家へ向かうところがこれにあたる。
⑤最大の試練を乗り越える
カオナシ大暴れ、もしくは銭婆との対決。実際は銭婆は優しく迎え入れてくれるんですけど。
⑥報酬を得る
この場合も目に見えた報酬ではありませんが、階段も怖くてろくに降りられなかった千尋の成長、湯屋での出会いと経験を得られました。あとあれですね、ハクが千尋がハクの名前を思い出したことで名前を取り戻すことができました。また豚にされた両親を戻してもらえます。千尋は名前を奪われたのでこれで名前をとり戻すことができた、という見方もできますし、そもそも名前の漢字を間違っていたので名前は取られていないという見方もできて…まぁ物語のタイプの話なのでこの辺は良いでしょう。
⑦日常への帰還
トンネルを抜けて元の世界へ。
この行きて帰りし物語のポイントは元の世界で問題を抱えていた主人公が別の世界での経験を通して成長し元の世界へ戻ってくるところ。行って帰ってきても何も変わっていなかったら意味がありません。
それほど有名なファンタジーではないんですが、「これは王国のかぎ」というお話があります。「西の善き魔女」と同じ作者なんですけど、これは15歳の女の子が失恋をし、気がつけばアラビアンナイトでジン(アラジンのジーニーですね)になってしまってその世界の王位継承に関わる冒険に巻き込まれて、そして元の世界へ帰ってくるお話です。好きな男の子が親友と付き合ってしまった、という辛さを、別に直接同行するわけじゃないんですが、アラビアンナイト世界から帰ってきた主人公は乗り越えることができている。大きなことでなくてもいいんです。でも行って帰ってきた時には成長しているのがこのお話のタイプ。
この行きて帰りし物語の亜種に「行って帰ってこない」物語があります。有名なところでは「十二国記」の「月の影 影の海」ですね。陽子が主人公のやつ。ナルニアの「さいごの戦い」は行って帰ってきませんし、一回帰ってきた連中ももう一回行ってそしてついには帰ってこないんですが、なんとナルニアでは現実では列車事故で全員死亡してるんですよ。死んでるから帰ってこなくていい。まぁこういう話もあります。BTTFでもドクは行って帰ってこなかった人です。行った先で恋をして戻らない選択をした。
こうやってストーリーの類型みたいなものを意識して映画を見るのも面白いものです。